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終章-④ 霊的成功とは何か

<霊的成功とは何か>(P289〜✔︎)

-擬似的な権威は棄てなさい

まず初めに、真のアイディアを虚為のアイディアからあなたはいつでも引き離すことができると思ってはいけない。それはできないのだ。それを残念と思ってはならない。ただなぜかを理解するように努めるのだ。もしも、おれはすでに真のアイディアと贋(にせ)のアイディアの区別がつくと思い込んだら、あなたは条件づけられた心の罠にはまってしまう。古い、固定された規準に従ってアイディアを受けいれたり拒否したりすることになるからだ。 偽りのアイディアをたんに新奇(しんき)だからあるいはポピュラーだからといって受け入れたり、真のアイディアを、聞いたこともない変なものだ、なにか不快なものに思えるからといって拒否してしまうかもしれない。

スーパーマインドへの道程(どうてい)で騒音をがなりたてているもの、豪華なショーのようなものを求めないことが、あなたのためになによりも大切な心掛けである。真理は黙(もだ)して作動している。ただし確実に作動している。外見の派手な人からそのアイディアが発せられたら、真珠をふくんでいる牡蠣はまずないことを想起すべきである。そういった人は、間違ったものへまっしぐらに進み、あなたを間違った方向へ導くかもしれない。

霊的なことがらではすべて、あなたの真髄である自己の外にはいかなる権威も存在しない。借りもののアイディアから行為するのと、正しいものに対する内的感覚から行為するのとの差を見分けなければならない。擬似的な権威は薬てなければならない。あなた自身から生きることだ。あなたは、あなた自身の報酬を勝ちとることができる。また必ずそうしなければならない。自分で勝ちとるのではない報酬を得ようとすれば、与えるものも与えられるものも、傷をうける。

なんぴともあなたを審判する権利はない。あなたがあなた自身の審判官でなければならぬ。そしてあなたはその審判を正しく行なわなければならぬ。かくして、あなた自身の全体性が拡大され伸張(しんちょう)されるに委(まか)せなければならぬ。

もしもイージーな道を選び、他人にわれわれのことを考えさせるというような行き方をすれば、結局は辛く苦しい道を歩まねばならなくなる。もしもわれわれが最初から辛い苦しい径を選び、われわれ自身の心的誠実さを貫こうとするならば、われわれは遂には楽な径へと出ることができる。

スーパーマインドへの径にははっきりと標(しるし)がついている。あなたの思考で、あなたの感情で、あなたの反応で、あなたのよろこびで生きることだ。

われわれはいまここで、有史以来人類に与えられてきたあらゆる真実の教えの、大いなる格言に出会う機会を得る。それは、いにしえの叡智に近代心理学の成果を、東洋のテクニックに西洋の知識を結びつけた結実(けつじつ)である。あなたがこの本のなかで、これらの原理原則以外にはなにも学ばなかったとしても、それだけで立派に天なる王国への鍵を持ち得たこととなろう。

一、偽りの自己感覚から偽りの欲望が起こる。

二、偽りの欲望から偽りの行動が起こる。

三、偽りの行動から偽りの問題が起こる。

四、偽りの問題から偽りの悩みが起こる。

これが人間の実状であることは疑う余地があるまい。疑いもなく、人間は昏迷し、途方に暮れている。だがそれはまだ話の半分でしかない。このプロセスを逆にして、人間の生きる道の明るい半面へ眼を転じよう。

一、偽りの自己感覚を失くして偽りの欲望を失くせよ。

二、 偽りの欲望を失くして偽りの行動を失くせよ。

三、偽りの行動を失くして偽りの問題を失くせよ。

四、偽りの問題を失くして偽りの悩みを失くせよ。

このようにして、人間は彼自身を救うことができる。