1-⑤ 人間とは本当は何であるか
<人間とは本当は何であるか>(P30〜✔︎)
まず出発に当って、われわれは多くの人々の実際の状況を見なければならない。彼らの外観をそのまま現実の姿と見てはいけない。彼らを理想像、すなわちこうあるべきものと見てはならない。
人は分裂した自分自身に苦しむ。人々とのつき合いや財産などに安定を求め、同時にそれらの空しさを感じとっている。人は自分自身を発見したいという熾烈(しれつ)な衝動にかられている。だが同時に自己観察が露わにするだろうものに恐れおののく。人は変貌をとげたがる。だが何度変貌しても依然として彼は同じ彼である。人はこれからなにかえらいことを行なうのだと威丈高(いたけだか)に宣言する。だが舌の根も乾かないうちに全然逆のことを行なう。人は自分自身を途方もない偽造の存在と感づいている。人は自分自身を隣人とわかちたいと猛烈に希求する。だが彼の真の自己自身はわけもたれることはあり得ない。人の微笑は憂いの影りをおびている。人はその不安にたえられず、騒々しい気晴しで不安を消そうとし、同時に気晴しが終ったあとの静寂をおそれる。彼はなにをしようと、なすことはすべて誤りである。
なによりも、彼はびくついている。ひどい不安に陥っている。彼の苛立ちは彼を放っておかない。
彼は、どうにもならず悶(もだ)え苦しみ、せめてこの内的な危機を、一時的にせよ、とり押さえてくれないかと、縋(すが)りたい気持で刺激を求める。だが彼はこの内的不安との戦いには絶対に勝てない。遅かれ早かれ、彼は苛立ちに圧倒され、またも救いのない地獄へおとされてしまう。
医師のオフィスへ向かう途中の患者を想像してみよう。彼は途々、ちょっと興味を惹かれる光景を立ち止まって眺め、また新聞を買って見出しの文字に眼をやり、ぐずぐず時間を潰している。そのうちに、他愛のない気散じも効きめがなくなり、自分の病気が気になりだし、医師のオフィスの方へとにかく彼の足は向かっていく。こうして更に一時間か二時間、逃避と病感とのあいだを往ったり来たりしたあげく、ようやく彼は治癒への道をまっすぐに進むに若くはないと悟るであろう。
人間が本来の全体性を求める姿はおおむねこのようなものである。われわれはスリルに気を紛らわし、衝動的な欲望に身を委せ、誤った原則に眩惑(げんわく)される。だが、いちばん強力な麻薬は、おれは万事これでうまくいっているのだという無意識の偽装である。そのくせ、もちろん彼の内部ではすべてがまずくいっていると密かに感づいている。だがある地点に達すると、苦悩は耐えがたいものとなり、自己欺瞞(ぎまん)は崩れてくる。そしてはっと気づいて嘆息(たんそく)をつき、アソビはやめて、現実という医師のオフィスでの確実な治癒をもとめてまっしぐらに進みだすのである。
これを大いなる変化という。それはどんなにして始まるか?
これまで考えていたものとはまったく違うなにかがあるという覚醒の最初の火花が、あなたの人生の転機となる。以前は、あなたのありきたりの生き方を超えた、あるものなどには気づかなかったし、目もくれなかった。心の痛みはそれを表現するか抑圧するかで処理できると思いこんでいた。だが、ふとしたはずみに開いた、たったひとつの小さな火花が、あなたを、これまでは無縁のものであった新しい可能性へと目を覚まさせたのである。
閃きはほんの一瞬で、あとは続かない。あなたはすぐに再び眠ってしまう。もう一度との火花が現われるまでには一週間、一ヵ月、いや一年の歳月が過ぎていよう。しかし二度目の火花が散るのにどんなに長くかかるかなど気にしてはならない。とにかく一度、ほんの瞬間ではあったが、なにものかを垣間見た、意識が戻った、ということが大切なのである。
意識が戻れば、もはやなにものも以前のとおりではない。あなたはリアリティに掴まえられたのである。あなたは前へ動きだしたのだ。この径を振り返ると、それは新しいショック群、深い困惑、新鮮な驚異、うれしい啓示などのコンビネーションであったことが分ろう。とにかくこの径は長いが、あなたは一歩一歩、あなた自身の内なる静寂へと近づきつつあるのだ。そこは、頭上には波濤(はとう)が荒れくるっているにもかかわらず、深海のように静穏そのものなのだ。
ラルフ・ウォルドゥ・エマソンが書いているー
魂が真理と通じあうという事態は自然界における至高の出来事である・・・・・・このコミュニケーションは神の心がわれわれの心のなかへ流れこんできたということだ•••・・・個人がこの浸透を感じる瞬間はどれもみな忘れ去ることができない。
この大いなる変化に至るまでに、なんと長いこと古びた不満足な生き方をしてきたことよ、と嘆くことはない。要は、暗い部屋に電灯のスイッチを入れさえすればいいのだ、暗い時間がどんなに長かろうと構わない。とにかく電灯はつければ変りなく照りつづけるのだから。教えられる心構えであれ!これだけが秘訣である。
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