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7-⑩ 真の航海者の冒険

<真の航海者の冒険>

人生という名の船が港という名のその目的地へ出帆した。船にはどんな遠洋航海にもみいだせるようなさまざまな船客が乗っていた。

猛烈な嵐にであい、船は舵を失くした。船客たちはパニック状態となり、甲板を走りまわって救助を叫んだ。土官であることを大いに誇りにしている高級船員たちは、どこといって本当にどうにもならない故障はないのだと、乗客たちを鎮めようとした。

「どうかわれわれを倍頼して下さい。みなさんにはどうということなく、万事うまくおさまりますから」と彼らは繰りかえし説得した。

しかし、一人の真の航海者がいた。彼はどこかがおかしいと疑いを挟んだ。事情はすこしもうまくはいっていない、彼はそれを知っている。彼がオフィサーたちに、なぜ舵の修理をしないのかと訊くと、彼らはあいまいな返事しかしない。

「君らは修理の仕方をほんとうに知っているのか」と強く訊ねると、自分たちの言葉を疑わないでもらいたいとぞんざいに答えるばかりだ。

真の航海者は甲板の手摺りによりかかって、陸地が見えないかと数時間、海上をずっと探していた。

その間、オフィサーたちは混乱している船客たちのために相談会を開いていたのだった。ピカピカした金ボタンのついた、きれいにプレスした制服に身をつつんだハンサムなオフィサーたちは、笑いながら船客にアドバイスした、「舵のない航法が自然の航法なのですよ。あなた方の素人考えで心配なさることはありません。みなさんはよい専門家たちの保護下にあると安心なさって下さい。わたしたちはみなさんの面倒をみます。ハーバーについてお訊ねですが、これはわたしたちに頼して委せて下されば、必ずそこへ着けます。なにか疑問がありましたら、わたしたちのところへ訊きにきて下さい。でも決して疑いを募らせて、旅行を台なしになさってはいけません。充分に船上生活を愉しんでいて下さい」

真の航海者はときどき他の乗客を説得して陸地さがしに参加させた。これを耳にしたオフィサーたちは怒った。彼らの濃酒な土官室では、彼らの微笑は省え、黒い怒りに変っていた。だが、オフィサーたちは、真の航海者のことについて船客たちに注意しようとして甲板に立つと、いつもの微笑にもどって言った。

「みなさん、あの男には気をつけないといけません。何も知らぬ未熟な男ですから。みなさんは、いままでどおり、一所懸命にみなさんの面倒をみているわれわれオフィサーの指示に忠実に従って下さい。われわれはみなさんのことをなによりも大切にしています。みなさんが自分であれこれと心配なさるご負担は、けっしておかけしたくないんですから」

オフィサーたちのきらきらする金ボタンに眩惑され、船客たちは感謝をこめて一斉に頷いた。

ある日、真の航海者は、海のほうを見詰めているとき、ついに陸地を発見した。彼は他の客を呼んだ。船客たちは今日も集会で、甲板にでていた。だが船客はみんな、催眠術にかけられたかのように、硬ばってチェアに掛けたままだ。彼等の顔はオフィサーたちの金ボタンの眩光を反射しながら茫洋としている。

船客たちが彼の声を聞き得ないと知った真の航海者はそこを離れた。そして手摺りを越えて海中へ眺びとみ、ゆるぎなき大地へ向かって泳いでいった。