3-⑤ スーパーマインドの導き
<スーパーマインドの導き>
スーパーマインドから発する力の波動はたえず我々に到達しようと努めている。この波動は、導き、癒し、慰めるために、入口を探している。だが、自分の電話でとめどなくおしゃべりしている人には外からの呼びだしコールがカットされてしまっているように、われわれの内部の喧燥と雑音がスーパーマインド波動の有益な影響力を阻んでしまうのだ。われわれは、われわれの偽りの自己認識を棄てることを拒み、われわれの気まぐれな欲望を我鳴りたてて、スーパーマインドを通じて入ってくる宇宙的な善を阻んでいるのだ。
新約聖書の言、「明日のことを思いうな、明日は明日みずから思いわん」の秘教的な意味を私に説明させてほしい。あなたが金曜日に、翌日の土曜日のある場面ではこれこれのように振舞おうと決めたとしよう。何がとの決定をさせるのだろうか?それは金曜日のその時にあなたの心を支配していた特定の欲望が決めたのである。だが土曜日になると、まったく別の欲望が支配権を握り、あなたは予め計画していたところとはまるで違う振舞いをする。あなたの欲望は、あなたに一貫した行動ないし正しい行動をさせる力をもたないのだ。欲望をじてはならない。むしろ、何を語り、どう振舞おうという予断されたアイディアをもたずに土曜日という状況に立ち向えばよい。こうすれば心は清浄となり、預わされず、スーパーマインドの導きをすなおに受容することができる。
どの地点で方向転換すべきかをよく調べなければならない。その地点とは自己敗北的な抵抗がえてゆき、豊かさをもたらす自己受容性が現われてくる地点ということである。これをよく調べることにより、もう他には別の方向をとることができないという時に、はじめて重大な転機はやってくる。
彼の人生の秘められた内なる悲劇を、意識をもって感じとり、彼は生れて初めての脱出の企てへみだすこととなる。
すでにみてきたように、人はすべてを逆方向にとらえるから、欲求不満になるのである。彼を救う力があるものを、彼は拒絶する。彼をゆっくりと潰してしまうものを、彼は狂ったように抱擁する。
彼が充実と思いこんでいるものはほんとうは空虚である。彼が太陽の光だと思っているものは影なのである。彼は歓迎を期待してドアをノックする、だがそこには誰もいない。
しかしわれわれのいう、宇宙真理の探究者だけが、このとき初めて、危機に際して正しい選択を行なう。彼は、自分の選された恐備を超えたその先になにかかあるのかないのか、を採索することを選ぶのである。
ここから、次の突破口へと導かれる。彼は前に言じたアイディアとはまったく違うなにものかを、漠然とではあるが感じとる。それが何か、それが彼をどとへ連れていくか、彼には皆目見当がつかない。だが構うことはない。とにかく彼はその道に出で立ったのだ。
進むにつれてこの道はおどろくほど示唆に富んでくる。内なる世界でのヒロイズムは、外部世界でいわれているそれとは全く異なることがわかってくる。内なるヒロイズムは、賞讃も、金メダルももらわず、新聞に名がでることもない。彼以外は誰も知らない。彼自身だけが知っていることで足りるのである。彼はヒロイズムについて新しい定義をもつ。あらゆる障碍にもかかわらず、宇宙的な完璧さで生きる自己自身へ還る、これが内なるヒロイズムである。
進歩した求道者はいまや、鳴りの偉大さと真の偉大さの区別が分る。世間から偉大であるともてはやされる人が、名声もなく財産もなく群集もいない絶海の孤島に置かれたとすれば、彼はダメになってしまう。真に偉大な人はすべて、自分自身を世界から隔離することによってその高処へ達したのである。彼ら自身の受容性をつうじて悟りに達したとき、その偉大さがおのずと世に知られるにいたったに過ぎない。彼らの隔離は必ずしも公衆から社会から絶縁することではなかった。他の人々のなかに立ち混っても、それは物理的、身体的にであって、内的にではなかった。こうした事例はわれわれもよく知っている。キリスト、仏陀、ソクラテス、ソローなどがそれだ。彼らが偉大であった証拠のひとつは、彼らが、追随者や本者を集めることにまったく関心をもたなかったということである。
それにもかかわらず、彼らの高貴な人格そのものが、磁力のように人を惹きつけたのであった。
われわれのいう真摯な求道者は、瞬間瞬間をただ目覚めた人でいるという以外に何もすることはないということを、次第に深く悟っていく。一瞬の洞察が閃くとき、彼はこれまでのような、計画をめぐらせる、保護する、回避する、見解と立場を変更する、攻撃する、物を掴みとる、しがみつく、後退する、抵抗する、後悔する、心配する、期待する、葛する、主張する、要求する、渇望する、闘う、責める、言訳をする、説得する、じる、そのほか数限りなく湧いてくるおそろしいばかりの強迫衝動を追放する。とろしたうんざりするほどの重荷全体が一掃され、彼はそのすがすがしい空所に、静かなる覚軽をもつのである。
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