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26. 比較 Comparison

自分が必要とされていることを覚えておきましょう。ある人の方が高く、ある人の方が低いということはありません。
ある人は優れていて、ある人は劣っているということはありません。
あらゆることが互いに調和し合っています。

 ひとりのサムライ、非常に誇り高い戦士が、ある日、禅マスターに会いに来た。そのサムライは非常に有名だった。だが、彼はマスターを見て、マスターの美しさとその瞬間の優美さを見て、突然劣等感を感じた。
 彼はマスターに言った。「なぜ私は劣等感を感じるのでしょう? 一瞬前までは、すべてがうまくいっていたのです。これまでこのように感じたことは一度もありません。私は何度も死に直面しましたが、一度といえ、どのような恐怖も感じたことはありません——なぜ私は今おびえているのでしょう?」
 マスターは言った。「待ちなさい。誰もいなくなったら答えよう」
 人びとは一日中マスターに会いに来て、絶えることがなかった。サムライはますます待つのに疲れてきた。
夕方になって、部屋が空になると、サムライは言った。「さあ、答えていただけますか」
 マスターは言った。「外に出よう」
 満月の夜だった。月が地平線から昇ろうとしていた。そこで彼は言った。「これらの樹を見てごらん——この樹は空高くそびえ、そばにはこの小さな樹がある。両方とも何年ものあいだ私の窓の脇に存在してきた。それでも、一度といえなんの問題もなかった。小さい方の樹が、大きい樹に向かって、『なぜ私はあなたの前で劣等感を感じるのでしょう?』とはけっして言ったことがない。この樹は小さく、あの樹は大きい—— そのささやきを、なぜ私は一度も聞いたことがないのだろう?」
 サムライは言った。「彼らは比べることはできないからです」
 マスターは答えた。「そうであれば、あなたは私にたずねる必要はない。あなたは答えを知っている」

 あなたが比較しないとき、あらゆる劣等感、あらゆる優越感が消える。そのときあなたは在る——あなたはただそこに在る。
小さな灌木(かんぼく)、あるいは大きくて高い樹——それは問題ではない。あなたはあなた自身だ。一枚の草の葉は、最も大きな星と同じだけ必要とされている。このかっこうのこの声は、どんな覚者とも同じだけ必要とされている——もしこのかっこうがいなくなったら、世界はそれだけ豊かさを失うことになる。

 ちょっとまわりを見てごらん。すべてが必要とされている。そしてあらゆることが互いに調和し合っている。それは有機的合一だ。ある人の方が高く、ある人の方が低いということはない。ある人は優れていて、ある人は劣っているということはない。あらゆるものが比較できないほどユニークだ。あなたは必要とされている。もしあなたが、このことを私の臨在のなかで感じることができなかったら、どこであなたはそれを感じようというのか?

 私が毎日あなたに頭を下げる。それは、あなたは完全だということを、なにひとつ欠けてはいないということを、あなたはすでにそこに在るということを、ただあなたに思い出させるためだ——。一歩といえども踏み出されるべきではない。あらゆることが在るべきように在る。これが宗教的意識だ。
THE SUN RISES IN THE EVENING, pp.130-131