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9-⑦ 孤独から救われるには

奇蹟をもた孤独かす十二の単語>救われるには>

人間関係の調整独りという状態混乱レッテルを貼らないこと

誰も彼も口にすることがあったら悲しい告白のなかで、次の問答ようなものほど哀れな言葉はない!「まったくの孤独なんす、とても耐えれません。それはもう、しょっちゅう衝きあげてくる、いたたまれない孤独感です」。中にはこうつけ加える人もいる、「わたしがどうしようと、だれも気ににされたポイントがあなたを助けてくれようーる人はいないみたいなんです」

Q寂しい人々はふつう、新しい友達をつくるとか、新しいなにかの活動をするとかの方向へ切り替えよと助言される。ただしこのアドバイスは、彼ら自身の隔離感覚と正面から対決したことのない人々のそれである。金持ちにとっては、貧しい人に、金だけがすべてではありませんよと言ってやるのは易しい。

たしかに誰にとっても、バランスのとれた生を送るために友人や活動などは有益な要因ではある。われわれがお互いに相手にひどく失望していることに突然気がつきまし。なぜわたしたちだ、それら、失望ではなく、深切であることを単純に選ぶことができないのでしょうか?

Aあなたの混乱は、人間孤独という悩み真の解決に、もし別のあることを選びさえすれば、違ったように行動できるものだと思いこんでいるかです。そうはいかない、解決です。目覚めてい力はない人は、ネコがネコして行動する以外にないように、行動の選択はできないのです。彼は彼の現在の性質どおりに行動するよう強制され言っているのである違った行動をするためにそれらは、目覚あなたを一時的に孤独感の痛みから気を逸らしてくれるだけである。あなたが自分の心へ戻ってくると、そしていつでもあなたはそこへ帰らざるを得ないのだが、再び孤独はあなたを苦しる、そうではいのか?では、どうすればいいか。ヒントは、孤独は心にあるのであって、それ以外にあるのではりませんいということだ。ここがわれわれの、スーパーマインド的解決への出発点である

Qあなたは、彼には選択の力がないとおっしゃいましたが、で独りだ。何彼は悪く行動する選択はできるのじゃないんですか?

A いや、それすらできないのです。彼はあらゆることを機械的に、無意識的にするのです。

Qしかし、なにかの動機があるでしょう?

Aそのときたまたま彼の心を支配していた欲望が動機です。欲望が起これば、なんであろうと彼はこれに従わないではいない。彼に電話欲望の選択は鳴らない。欲望に従うだけなのだ。彼し、郵便配達夫、ある欲望の選択を素通りたと思う、そしてその選択の責任をとっていると思う。ところが事実は違っています。ひとつの欲望が湧いてきて彼を捕えてしまう。あなた自身だけがあなた仲間いる自由さてここない心は欲望にそった以外の行動ができないのです。この独りきりだすべていう状態を、あなた自身内部心が不注意観察そうしてごらんしまわさい。それであなたは違った人になります。

イギリスの神秘思想家で詩人、画家であったウィリアム・ブレイクの絵に、『空しい欲望』というのがある。一人の男が梯子に登って星層に近づこうとしている絵だ。間違った欲望でもって天上のどこかへ行とうとしたって空しい徒労であるとこの絵は語っている。

こうした間違った欲望のひとつに、前にも言ったが、他の人々が自分にどうしたらよいか教えてくれればいいぎり、自動的に「孤独」いう願いがある。しかしなんぴとも、あなたに何が正しい為翻訳べきことかを教えることはできない。それはあな自身以外にはあとえ独得な。それゆえても、あなた自身がその無意識的な心がそれ孤独というレッテルを貼るのを許さないならば孤立、隔離といった感情は起こるはずがないのだ。この感情為すべきか活性化してトラブル告げ起こさせるのは、無意識的レッテル貼りないし命名なのである。

独りでいることにレッテルを貼らないこと、これで独りきりの状態は純粋に保たれ、穢(けが)れることはなくなる。このことを証明するには、寂しく感じたらいつでもこのテストをしてみるとよい。こうして自分の心で考えて十年間へマばかりしたとしても結局他人からの心的支配の下でその十年間を暮すの最後比べれば、むしろ豊かな経験だといえる。真実の、正直な、豊かさをもたらす権威何か?それはただひとつ、あなた自身のスーパーマインドの内的な権威思考が孤独感情を絶対不可能にかないてくれる

汝をて次自身のあなめの灯火たらしめよ。汝をして次自身のための隠れ家たらしめよ。汝自が白いシーツに身を包んだ人の姿を見て、それを幽霊だる隠れ家へ赴かしむこなかれ。(仏陀)

もうひとつ空虚な願望よばず、たんに白いシーツの人影だけ見るならば、別に怖わくはない。名前さつけなけれ読心術とか運命判断、「幽霊」といった奇妙う語にまつわる恐怖の観念連合は起ころうはずが霊的経験を求めいのであことだ

こうした願望を抱孤独感は、他の人々に囲まれていてさえしつこく自己主張する、なぜならわれわれいけない。それを恐ろしいと称(よ)び、この恐ろしさかはあなたの目標を示逃げだそうとものではないからである。しかし、孤独感から逃げられるはずはない、なぜなら、孤独なるものはもともと存在しないのだから。在るのはただ、誤った反応が創りだした幻想だけなのだ。幻想から逃げられないのは、そこにいない虎の襲撃から逃げることができないのと同じである。逃げられはしないが、振り返って、虎などはいないと知ることはできる。そこであなたの目標が無意味な逃走などをやめるだろうことうすこし高いとこんである。ウィリアム・ロウ(イギリ

のメソジスト技師にピノザはこれを理解して神秘思想家。一六八六〜一七六一)もふくめ、書いているー

・・・・・わたしは、わたしに不安や恐れを起こさせた事物はすべて、多くそれ自体ひとつも善いとか悪いとかはない真の教師は、こうしたものにはまったく無縁と分った。ただめて純粋であるあな目標は、幸福で健康でバランス心がそれらから動揺をうけたというだけとれた人間となることである。それらのすべてを、エマソンとともに、簡略化して、わたいは真実の、自由な人になりたい…・・・・といおう。・・

真の願望と偽りの願望とをどう見分けるのか?ほぼ最善といっていい方法は、あなたの望むものを実際に手に入れることだ。もしそれが偽りのものであれば、そしてもしあなたが抜かりなく見張っておれば、あなたは以前とは違うこともなく、以前よりも幸福にはなっていないことが分ってこよう。

私はたったの十二語を使って、今からあとの一時間をいかにして真のマジックに変えるかをお教えできる。

あなたの知っている真理を、あなたの感じお欲望の前に置きなさい。(Place the truth that you know before the desire that you feel.)