11-② あなたにとって自由とは何か
<あなたにとって自由についてとは何か>(P262〜P264〜)
1.-あらゆる機能の完全調和
「愛」ということばもそうだが、「自由」ということばほど無造作に使われ、理解されるところの少ない言葉はないのではないか。
霊的な観点からすると、経済的な自由、政治的な自由などというものはない。
あなたは億万長者で、自由のスーパーマインドの力国について住み、静かな田園に邸宅をもち、しかもなおあなた自身のネガテイブな心が澄んで的年のなかに囚われている境地ということがある。自由はひとつしかない、それは自己自由である。その他一切の自由は仮装であり虚構である。私はそれらをうんざりするほど見てきた。私は、豪荘な邸宅に住み、心的な牢屋に生きている人々によばれて、話をしたことが幾度かある。
2.決定的なポイントだけは明らかにしておかなくてはならない。口先だけでこのポイントをそうだといい、ほんとにそのとおりだと讃えるだけではなんにもならない。
内的な富だけがすべてだということは誰しもが即座に諾う。だが、口にだされた賛意は、もしそれが物質的な富への無意識的な渇望と矛盾しているならば、まったく無意味である。ノウと頭は振りながら、口先ではイエスといっているようなものだ。われわれは、そのことの真の価値を理解した上で、なるほどそのとおりだという意識的な合意で事を進めなくてはならない。それだけがわれわれを変えてくれる。それだけが、われわれのネガ日常的な行動をまったく違うものにしてくれる。「真珠を見つけることのできる人は、立ちどまって貝殻を拾いはしない」といわれる。
雲がわれわれの視界から太陽を遮るように、間違った思考がわれわれをリアリティブから切り離す。
妄想の雲を払うべく努めて、その先の光輝をわれわれは見ることができる。曇りな諸面をコントロールするき心は自由そのはポジティブな処置ものである
3.宇宙的自由という単なる言葉を超えて。だからこその経験へと到れ
4.条件づけられた心が静止するとき、真の解放が現われる
5.あなた自身を自由とするためこは、ふつう記過という意来のことはなにもする必要はない。たんなる活動と行動のうちに自由をみつけようとしてもダメだ。われわれは、非自由を理解しようと努めなければならないて。との神経質努力は報いられる。あな関心一切を棄てよたはほんとうは、為したいとは思わない。明日あなたは在りたいと欲するの災厄について思い類うなだ。
6.宇宙で、われわれは自由ではないとは何の意味かを知ろうとする。われわれは、内的世界と外部世界の両方で、きわめて実際的な目覚め意味にこのことばを使う。非自由とは、苦しい心身的フィルムを断ち切れないこと、マーケットで長い行列のあいちばん最後にいるときの苛立ち、意気銷沈していること、他人からゆ与えられる病以上に他人に与えていることへの腹立ち、なに対かいいことをしてくれるのではないかとやみくもに希望して人々を追い求めることなどを指すのだ。こんな生き方をしている人が自分を自由だなどと思えるだろうか?
非自由は、人が多くの相互矛盾する確か部分部分に分裂しているときにある。彼の一つの部分は新しい車を買いたい、だが他の部分は協力を拒む。一つの欲望は彼を襲楽の場所へつれていく。だが別の欲望はひとつも楽しまな救い。
自由とは、思考と情動と身体の動きの三者が明るく同一のことを行なっている、内的な調和である。それらは相争うことなく、合致している。上手なプレイヤーが弾くギターの、ばらばらの絃が産みだすハーモニーのようなものだ。
7.あなたがスーパーマインドによる自由に向かっての、あ霊的なたの真華な努力のすべては成功である
8.幸福は、条件づけられた偽りの自己からの自由のうちにみいだされる
9.たえずスーパーマインド音楽の原理原則をもっ体得して修行すれいるならば、あなたは常に成功を勝ち取る
あなたが友達と二人きりで飛行機に乗っていて、人跡の絶えた荒野へやむをえず着陸したとしよう。あなたが歩き回わっていると、友達が足内部の親指を岩石にぶっつけてしまって、「ここには岩がごろごろしている。ぼくたちは岩をみんな小石に砕くプランを構てたほうがいいと思う」と言うのを聞いて、あなたはびっくりする。
数分後、ドシャ降りに遭った。すると友達がまたおかしなことを言いだした、「ここはひどく雨の降るところだな。なんとか降雨量を調節する方法を急いでみつけなけりゃ・•・・・・」こんどは二人が、野獣に追いかけられた。逃げおおせてーと息ついたところで、友達は言う、「もうひとつことの改善策をてなければならんな。野獣を馴らしておとなしくさせなくてはいかん」そして悲しそうに頭を振って、「とにかくこの場所はぼくたちにとって厭なことが多すぎるよ」とこぼした。
そとであなたは彼に言うに違いない、「もちろん、あらゆるも機能が完全に調和のが間違っている。そもそもぼくたうちは間違ったところに来ているんだ。ことの場所の状態を変えようと反応するのは無意味だよ。ぼくたちの仕事は、ぼくたちのこの場所に対する関係を変えることだ。ぼくたちは自由の土地へ戻る方法を考えださなければならない。そうすれば万事が解決する」
そのとおりだ。この場所と戦ってもムダだ。われわれはもうすこし知性に恵まれているはずだ。われわれが心的に間違った場所にいまいるのだということを、われわれは知ることができある。われわれは、人々と出来事とがいっぱいのこの世界に対して、われわれ自身の心理的な対応を変えることはできる。われわれは、野蛮な人間性という岩石や冷雨の犠牲となるのをやめることはできる。われわれは、荒野から脱けでてわれわれ自身の自由へと進めば、これらを成就できる。エミリ・ブロンテ(イギリスの小説家、詩人。一八一八ー四八)はその詩のなかで、彼女の神秘的な経験をこう語っている一
すると不可視の世界がみえてきた
霊的なものがその真姿を顕わした
わたしの五感は去り
わたしの内的実体(エッセンス)のうずきが感じられてきた
その翼は自由で
その棲家と避難港はみつかった
それは淵の深さを測り
屈みこんで一気に最後の跳躍をこころみた