20. 理解 Understanding あなたが他人のなかに見るものは、あなた自身が持ち運んでいるものだということを理解しましょう。 あなたの判断は、実際にはあなた自身の内側で抑圧されたか、あるいは拒絶されたものの反映です。  ふたりの禅僧が河を渡ろうとしていた。彼らは同じように渡りたがっているとても若くて美しい女性と出会ったが、彼女は怖がっていた。そこで、僧のひとりが彼女を肩にかついで向こう岸に運んだ。  もうひとりの僧は怒り狂った。ひとことも口には出さなかったが、内側では煮え立っていた。これは禁じられていたのだ! 仏教の僧は女性に触れてはならない。しかもこの僧は触れるだけではなく、その女性を肩にかついでいた。  何マイルもが過ぎた。僧院に着いて、扉を入るところで、怒っている僧は最初の僧の方を向いて言った。 「いいか、このことを私はマスターに話さなければならない。報告しなければならない。禁じられているんだぞ!」  最初の僧は言った。「なんのことを言っているのだ? なにが禁じられているだって?」  「お前は忘れたのか?」二番目の僧はたずねた。「お前はあの若くて美しい娘を肩にかついだのだぞ!」  最初の僧は笑って言った。「そのとおりだ、私は彼女を運んだ。だが私はあの河に彼女を置いてきた。何マイルも後ろに。お前はまだ彼女を運んでいるのか?」  抑圧され、拒絶され、地下室に放り込まれたあなたの内面もまた、あなたの行動に影を投げかけつづける。ときにはあなたはなにかを避ける! そのときですらまた、あなたの逃避そのもののなかにあなたの理解が姿を見せている。 THE DISCIPLINE OF TRANSCENDENCE, Vol.4, p.22