# 第8章_恐れと緊張への特効薬



# 本当の自分から湧き出る音楽に合わせて陽気に踊る

「私は、自分の問題がどんなものか理解していたら、もっとうまく対処できたんじゃないかと思うんです。自分の悩みの正体がわからないというのも、おかしな話ですよね? 前は、わかっているつもりだったんですが、今は違います。

こういう私について、何か気づかれたことはありますか? 私の問題がどこにあるかわかりますか？」

「わかりますよ」

「具体的に教えていただけますか?」

「あなたが真理をとことん探求したいのならね。人間の心理は、心の底から望んでいないものは受け入れないものなのです。どんなことにも耳を傾ける覚悟はありますか?」

「ええ。なぜか、それしか方法がないという気がしてならないんです。ですから遠慮なくご指摘ください。私がうまくいかない根本的な理由は、どこにあるんでしょうか?」

「あなたは恐れています」

「恐れている? え?」

「恐れはどんなときも、大きな障害物となって人を本来の自分らしさから遠ざけてしまいます。とげがサボテンにとって当然のものであるように、恐れや心配も偽りの自己の一部です。ですが、ここにも明るい希望はあります。それがわかりますか?」

「本来の自己をとり戻せば、恐れがなくなる、ということですか?」

「そうです。恐れようにも恐れられなくなるのです」

「それこそ、私のもとめていた答えだ。では、それはいったいどういうことようにのでしょうか? 続きを探求したくなりました」

本章は、このことをテーマに進めていきましょう。

宇宙のセオリーの道を進む者は、表面的な身震いと、より深い畏怖という、二頭の恐怖のドラゴンを必ず倒さなくてはなりません。恐れはそれ自身が手ごわい敵であるばかりでなく、怒りなどの他の否定的な感情をもたらします。儒教などでは、恐怖を最大の自己破滅者ととらえているのです。

恐れの根幹にあるのは、誤った自己認識です。悩みや情緒不安といった、他の否定的な心理状態も同じ根をもっています。それは、病気にかかった木から酸っぱいリンゴがなるのと同じです。

人は、あたかも自分の名前や体を、自分の持ち物であるかのように錯覚しています。そのために、壮絶な人生の戦いを繰り広げて、自分がそういうものであることを証明しようとするのです。これは実を結ぶはずのない努力ですから、毎日その悲しい事実を思い知らされることになります。それでも、代わりにどうしてよいかわからないので、人は空しい苦闘をつづけます。陽気にふるまっている多くの人々の目が何かを訴えているのは、そのためなのです。

誤った自己認識は、人生を恐れて、自滅に結びつくような考えをいくらでも生みだします。たとえば、首尾一貫しない社会の指図にしたがって生きる「べき」だという理屈ほど、危なっかしくていらだたしいものはないでしょう。

そんなことをする必要はありません。むしろ、あなたにとっての唯一の実生活は、魂の本質から自然に生じるものなのです。

そんな人生が実現したとき、私たちはロボットであることをやめて、自分の望む生き方をする気高い人間になります。もはや権威主義社会の楽隊のマーチに合わせて仕方なく行進することはありません。本当の自分から湧き出る音楽に合わせて陽気に踊るのです。

そこまで自由になれば、どんなことも、どんな人も恐れることはなくなります。そう、なにごともどんな相手も。

# よい結果にも悪い結果にも平常心でのぞむ

日常的な事柄、たとえば金儲けとか人間関係、昇進などでどんな結果が出ようと、一喜一憂しないようにしてください。

結果を気にして自分を苦しめていることに気づいてください。新しい友人は、自分に好意をいだいてくれるだろうか? 売り上げはあがりそうか? 幸せな結婚生活を送れるだろうか? これは成功するのだろうか?

結果を気にするあまり、大きな苦痛を味わっているのです。しかもこのことが原因になって、無意識に失敗をまねく結果にもなっているのです。

世間でいうよい結果にも悪い結果にも、平常心をもってあたるようにしましょう。あなた自身の幸福に関するかぎり、どっちに転んでも大した違いはないのですから。

私たちが経済的成功や社会的利得をもとめるのは、心の満足が得られると考えるからです。ところが、そうではありません。これまでずっと心の奥で疑っていたように、やはり満足など絶対に味わえないのです。

世間的な成功はエゴを刺激しますが、自己の充足にはいたりません。外部的な結果が内面の幸福をもたらせないのは、帽子を新調しても新しい心を手に入れられないのと同じです。

こんな反論もあるでしょう。

「だけど、結果に喜んだり悲しんだりすることがなくなったら、何を生きがいにすればいいのでしょう?」

宇宙のセオリーは答えます。

「いつまでも変わらない幸せのために」

たしかにこの基本原則は、私たちがこれまで教えられてきたことにことごとく矛盾しています。私たちはみな生まれたときから固執し、期待し、もとめるように仕向けられているので、結果的に不安に陥ります。そうです、それが人間界の流儀なのです。

けれども、私たちはもうそういうことには愛想をつかしました。今、歩んでいるのは、それとは何もかもが異なるのが宇宙のセオリーの道です。

ここで私たちは、重荷を惜しげもなく捨てられるという贈り物を受け取りました。実は、それこそがずっと憧れてやまかったことなのです。

どうしてもこうなってほしいとエゴを満足させるために願うのをやめると、その成果の良し悪しにかかわらず、のんびり構えていられます。そうして自由を手に入れた人は、人間の価値判断をこえた善のレベルまで浮上します。

日常的なことが、投げやりになるということはありません。むしろその逆で、毎日の仕事はそれまでよりもはるかにうまくこなせるでしょう。この自由があればこそ、心を整理して、感情を味方につけることができるのです(詳しくは次章を参照)。

それでは、どうしても成功したいと思っていることを思い浮かべてください。そして、自分に問いかけてみてください。

「結果がどうなってもいいと思ったら、どんな感じがするだろう?」

ほらね。これで結果がどう出ようと、落ち着いていられるのは間違いありません。それが、私たちが目指している境地なのです。

# 宇宙のセオリーの基本原則から得られるもの

「私は事務職のビジネスマンです。経理の計算に関しては、自分が無関心になれるとは思えませんね。どうもこの考えは、私になじまないようです」

「こんなふうに考えたらどうでしょう。仕事はこれまでどおりバリバリこなしてください。ただ、それは生活の糧を得るものと割り切って、決してエゴを満足させる道具にはしないでください。

この二つの違いについては、ぜひとも理解してほしいことです。きっと、仕事でどんなに深刻な問題がもち上がっても、頭をかかえることはなくなりますよ。ややこしいことになっているのは状況であって、あなたではないのですから」

「そいつはいい。どうすればいいか、ポイントをお話し願えますか?」

「日常的には、いろんな目的のために知恵をはたらかせて仕事をしても、その結果について気にするのをやめるのです。起こるべきことは起こるのだから、それでいいという感じでね。特定の結果になることをもとめなければ、心が乱されることはありません。あの顧客が製品を買ってくれればとか、この人は自分を評価してくれるべきだとかね。

どんなことにも、だれに対しても、要求を掲げるのをやめるのです。この素晴らしい原則をものにできたら、あなたの人生は一変しますよ」

読者のあなたも、今すぐとりかかることができます。最初は小さなことから試してみてください。

好きなことをして、そのあとは完全に成り行きに任せるのです。それを「結果」と呼んでも、「良い結果」「悪い結果」などと決めつけてはなりません。それさえできれば、神秘的で強力な宇宙のセオリーと調和することができます。

それでは、それを効果的に進めるために、どんな具体的な手順があるのかを見てみましょう。

長年の試行錯誤の結果、私がたどりついたのは、基本原則をひとつ選んで一文にまとめ、数日間そのことについて考えるという手法でした。地元ロサンゼルスの宇宙のセオリー研究グループでは、そうした方法を実際に取り入れています。あなたも本書に出てくる何百というアイデアのいずれについても、同じ手法を適用することができます。

では、とくに興味を惹かれた考え方をひとつ選んで、実際に試してみてください。ここでは三つ、宇宙のセオリーの基本原則を選んで、その思索の例を挙げてみましょう。

* **基本原則「宇宙のセオリーの道には、勇気と忍耐が必要だ」**

私の思索「私が毎日努力しているのは、より強く、自分を知る人間になるためだ。今、自分の信念や見解の世界が足元から崩壊したとしても、びっくりしたり不安に陥ったりすることはないだろう。むしろ、歓迎すべき必要なことなのだから。そうなれば、何もなくなった更地に英知と穏やかさからなる新しい自己を築くことができる」

* **基本原則「人は眠っているが、目覚めることができる」**

私の思索「人が苦しむのは、物事の本来の姿を見ていないから。あまりにも催眠状態が深いので、この世のすべてを憶測のフィルターを通して見ているのに、それを疑ってもいない。だけど、目覚めることはできるはず! 変えられないことはない。別の世界が待っているのだ。エゴセルフに屈服しまいという意志があれば――力でも知恵でもなく、意志さえあれば――自由の身になって縛られない人生を送れる」

* **基本原則「私たちは、たえず自己をきちんと理解しようとしなければならない」**

私の思索「自分を知るのが先。自己理解ができあがっていなければ、問題の発生を防ぐことも、撃退することもできない。混乱をまねくような感情、たとえば失望や自己憐憫などは洗い流そう。さもないと、自己理解はむずかしくなる。目に涙をいっぱいにためながら、物をはっきり見ることなどできるだろうか?」

# 恐れから解放されるために

何かを恐れると、恐れたものにありもしない力を与えることになります。私たちを縛りつけていると思われる鎖は、実は紙でできているのです。見るべきなのは、そこです。たとえば、こんな質問があります。

「あなたは折にふれて、物事はそのイメージではなく、ありのままの姿を見るべきだおっしゃいますね。毎日の生活で、そういう例を挙げてもらえますか?」

「では、人生も後半にさしかかった男性が、ある日突然自分の事業はうまくいっていない、またはせいぜい月並みだということに気づいたとします。友人は自分より成功しているか、すでに退職して悠々自適の年金生活を送っています。

そう考えると、彼は暗澹たる思いにとらわれます。自分だけ損をしているような気がするのです。ところがその男性も、まばたきひとつで何もかも変えることができます。彼もただ、物事をありのままに見ればよいのです。

そもそも、世間的に成功しようがしまいが、その人自身の幸福にはいささかの違いもありません。それは、これまでもずっと同じはずでした。ただ、成功はいいものだという暗示をかけられているために、彼はいまだに催眠状態から脱せないでいるのです。だいたいにおいて、成功している友人だって、見かけとは裏腹にちっとも幸せではないのです」

恐れによるありもしない力をうち砕きたいなら、人間関係から手をつけましょう。そうすれば、社会が巻きつけた紙の鎖など断ち切ることができるのです。ひどい仕打ちを受け、威張り散らされても、卑屈になるのを拒んで、何も恐れずに真の人格に沿った生き方をすることができます。

「人間関係で、無視できないのにめったに取り上げられない領域がありますよね。つまり、人が人に対していだく恐れのことです。このことについてはどう思われますか?」

「だれかを恐れるような人間関係を、内心でそれでもいいと認めてしまってはいけません。そういう相手と一緒に暮らさなくてはならないとしても、がんとして恐れをはねのけるべきです。宇宙のセオリーの手法を使えば、それもできないことではありません」

「恐れが潜在する人間関係とは、どんなものですか?」

「あなたが完全に気をゆるしていない場合ですね。気まずさを感じている相手は、愛することも理解することもできません。あなたは、自分がその人物におびえているということに、まず気づく必要があります。それが他の洞察を引き出して、やがては恐れからの解放につながります」

「どうして、人のことが怖くなったりするのでしょう?」

「相手に望むことがあるからです。その欲求の中身は実にさまざまです。親密さ、承認、セックス、安心･･････。そもそもの間違いは、ここにあります。真の自己は欲求に振りまわされたりはしません。ところが、その真の自己をまだ発見していない者は、満足感を人から得ようとするのです。

そうなると、自分の思いどおりにいかないのではないかという恐れや、そうしてもらったらあとで高くつくのではないかという不安が生じます。そんな身をすり減らすような苦痛を、私たちはこれ以上我慢すべきではありません。新しい洞察を得れば、人間関係で悩むことはいっさいなくなるのです」

# 恐怖を捨て去る四つのステップ

恐怖を背景にした人間関係は、絶対に受け入れてはなりません。ただしそのことは、必ずしもその人間関係を終わらせることを意味するのではありません。

決着をつけるのは、むしろあなたの恐怖のほうです。そのためには、次のような四つのステップを踏むといいでしょう。

**[ステップ1]**

なんらかの理由で、自分が怖いと思っている人物を思い浮かべましょう(自分が怖がっていることを正直に認めます。でないと、先に進めません)。できるだけ顔を合わせる機会が多い人物を選びます。その人間関係を糧に、ほかの人にも新たな勇気をもって接することができるようになるでしょう。

**[ステップ2]**

その人物に対して、自分の望む振る舞いや考え方、話し方をします。精神的に相手にのまれず、いつもの行動パターンをうち破ってください。あえて相手を挑発して、今までの自分とは違うことを示します。

この相手を挑発するプロセスは、絶対に欠かせません。あなたの恐怖心は、相手に激怒されたくないという一心から生まれています。勇気をもちましょう。相手がかんしゃくを起こしたとしても好きなようにさせておけばいいのです。ただし、自己主張は些細なことから始めてください。一足飛びに大事にかかると、成功はおぼつきません。

**[ステップ3]**

思いきった行動によって何が起こっても、感情的にならないようにしましょう。一歩退いて、自分の心の中や状況にどんな影響や結果が生じるのかを観察します。われ関せず、という態度で成り行きを見守ります。

**[ステップ4]**

これを辛抱強くつづければ、それまでになかった自立心が生じます。といっても自立心は、はじめから自分に備わっていたのに気づいていなかっただけのものです。いまやあなたは本来の自由に目覚め、それを存分に楽しむことができます。そして、この地上に生きるどんな人間に対しても、恐怖心をいだかなくなるのです。

ステップ4まで終わると、人に対する自分の態度や行動に、明らかな変化が見られることでしょう。あなたは本物の自立を手に入れたのです。

これまでのように、人を怒らせるのではないかとびくびくすることはありません。自分は見捨てられるのではないか、嫌われるのではないかという深刻な心配から解放されたのです。

あなたはまったく新しい方法で人間関係の主導権を握るようになります。といっても、具体的な指図を出すのではありません。ただ、人が何をしようと、心を乱されることがなくなるのです。

ゴールは、人間関係の束縛から解放されることにあります。そして、そうすることが真の思いやりにつながるのです。人の束縛から逃れたときに、魂は愛する能力を獲得するのですから。

私たちは、調和という素晴らしい力を備えています。その調和の力を使えば、現状よりもはるかに上のレベルまで成長することができるのです。今ある力を基準にして、勝手に限界を設けてはいけません。考え方の限界を能力の限界としてはならないのです。

「こんなことも変えられるのだろうか?」という問いには、いつも「もちろん変えられる」という返答をしましょう。

その手始めに、これまでの要点をふりかえってみましょう。今日、宇宙のセオリーの基本原則を実現させれば、昨日の泥沼化した人間関係から解放されるのです。

# 第8章のポイント――成功を呼ぶ考え

[1] 恐れはまったく必要ない。

[2] 恐れを払拭すると、人生が自分の望みどおりのものになる。

[3] 心の中の緊張を解消するには、内なる自己と接するしかない。

[4] 人に考えてもらわず、つねに自分で考えよ。

[5] 何につけても結果を気にしない。

[6] そうして宇宙のセオリーの基本原則が、あなたのためにはたらくのに任せればよい。

[7] 恐れ自体にはまったく力がない。人間関係で人を恐れることを拒めば、そのことが実感できる。

[8] 自己統一を果たした人は、絶対に不安にならない。

[9] 気分がワクワクするのを、本物の幸せと勘違いしない。

[10] どんなに外部生活が混乱していても、心の中ではのんびり構えていられる。